Nachthymne

ナハトフュンネ

「聖杯から湧き出す粥」と「予言の子」

 『魔法使いの約束』には「料理」機能があり、魔法使いたちに料理を振る舞うことができます。キャラクターそれぞれに好き嫌いの設定があり、とくに好物のメニューに関してはゲーム内のちょっとした場面でも台詞の端に上る程度にはそのキャラクターの特徴として機能しています。
 本稿ではそうした魔法使いたちの好物のうち、アーサーの「シチュー」について考えていきます。

 2021年1月現在アプリの料理機能にて調理可能なメニューは、それぞれの名前から明らかなように大半がフランス・イタリアで成立した料理です。ちょこっと英語メニュー(イギリス・アメリカ料理)とスペイン語メニュー(スペイン・ポルトガル中南米メニュー)が入ってきますが、基本的にはフランス語イタリア語メニューばかり。『魔法使いの約束』はファンタジーに分類される作品なので、ヨーロッパ圏やヨーロッパからの移民の多い地域がモデルとされるのは確かにそりゃそうだろなといった感じではあります。
 ところがよくよく見ていくと、そんなヨーロッパ風のメニュー名に擬態した日本発祥の料理が2つあります。それが鮮魚のカルパッチョクリームシチューです。

 カルパッチョの方は、それ自体はイタリア発祥の料理なのですが「鮮魚の」とわざわざ但しがついているところがポイントです。カルパッチョは、成立した15世紀当時の段階では牛肉を用いる料理でした。20世紀になり日本食ブームの中で刺身が受け入れられ始めた頃、日本人シェフが生の魚を用いたカルパッチョを作ったのが定着したといわれています。

 そして本題のクリームシチュー。
 荒川弘著『鋼の錬金術師』にて主人公エドワード・エルリックが「シチューを発明した人は偉大」「野菜スープに牛乳をつっこむ考えが偉い」みたいなことを言っていた*1ように、いかにもファンタジースチームパンク世界頻出料理のような顔をしているこのクリームシチューなる料理、実は大正時代に日本で考案されたものです。

洋食の姿をした日本料理? 謎多き「クリームシチュー」の歴史|食の安全|JBpress
クリームシチューの起源はどこにある、昔の人はすごかった - ネットロアをめぐる冒険

 上記2件のリンク先であらかた考証が済んでいますが、ざっくりまとめると「ミルクやクリームで煮たスープ(クラムチャウダー等)・小麦粉とバターから生るソース(ベシャメルソース等)は存在していても、バター・小麦粉・牛乳を溶いた野菜スープという状態を指して「クリームシチュー」とする認識は日本で成立したもの」なのです。ちなみに材料、製造工程から出来上がりの形状までよく似たフランス家庭料理に「ブランケット・ド・ヴォ― blanquette de veau」というものがあります。だったらどうにか最初からダイレクトにブランケット・ド・ヴォ―にアクセスして現在の私たちが「シチュー」と聞いてイメージするクリームシチューのことを「ブランケット」と呼んでいてくれたらよかったんじゃない?みたいな気もしてきますが、リンク先で詳しく説明されている通り牛乳がハイカラな食品である前提のもとで「牛乳を入れる」という発想こそが新しく進歩的・偉大であったことを踏まえると、「クリームシチュー」という名でクリームシチューを呼び表すことはそれが日本で考え出され日本で親しまれている料理であることの証拠といえます。
 余談ですが前述エドワード・エルリックの「思考が柔軟」という設定も「野菜スープに牛乳を入れる」シチューの調理法から影響を受けているそうです。(そうなんだ…)

 現代日本人である私たちにとって、たとえ同じ料理を指していたとしても「ブランケット・ド・ヴォ―」と言われるよりは「クリームシチュー」と言われた方が「ああ、あれね」と想像がつくのは確かです。

 アーサーのカードエピ「得意料理の思い出」で「ポトフを翌日シチューにしていた」と語られますが、ここにまさしく「牛乳を入れる」手順が生じています。
 アーサーは北の国に捨てられた時点で4歳の幼子ですから、シチューという料理の存在は認識していたかもしれませんがシチューの作り方を知っていたとは考えにくく、またオズに至ってはアーサーと暮らすようになってはじめて料理をしたというくらいですから、オズの城で暮らしていた頃のオズとアーサーはシチューのレシピを知り及ばなかったでしょう。彼らにも「ポトフにミルク(や小麦粉やバター他)を加えるとシチューになる!」という発見があったのか、シチューのレシピを知り得る工程で「これは途中までポトフではないか?」と気付いたのかは分かりませんが、先にポトフとして作ったものを後にクリームシチューに変えていたことは事実です。「同じベース(=野菜を煮込んだスープ)」における「先に立つ/プレーン、スタンダードな在り方(=ポトフ)」がオズ、「後に続く/バージョン、バリエーションとしての在り方(=クリームシチュー)」がアーサーをそれぞれ象徴していると考えると、「シチューが好き」は「ポトフから生まれ出でるものの肯定」ですし、「ポトフが好き」は「シチューを生み出すものの肯定」ともいえます。

 さて、ここから論点を変えます。
 以下は「元ネタ読んでみた」的な試みとして「アーサー王伝説」との関連を考えてみたいと思います。
 クリームシチューは「小麦粉」という穀物の作用によってとろみをつけている訳ですが、穀物を液状にして食すと考えると、その性質はどちらかというと「スープ」より「粥」に近いものです。「粥」というとわれわれ日本人は米で出来たものを想像しがちなのですが、「オートミール」と呼ばれるようなものであればイメージに近いでしょうか。いずれにしても穀物」を水で煮てふやかし、でんぷん質の作用によりとろみのついた状態の食べ物を想像していただければ間違いないと思います。マクドナルドの冬季メニュー「グラコロ」がパン・ホワイトソース・マカロニの三弾構成であることを指してほぼ小麦粉などと揶揄したりしますが、グラコロと同じことがクリームシチューにも言えます。クリームシチューの液体部分はまさに小麦粉を食べているに等しく、クリームシチューにパンをつけて食べることは小麦粉に小麦粉つけて食べていることになるわけですね。何もパンや麺の形にするだけが小麦粉の食べ方ではなく、むしろ水に溶いて摂取するのは嵩増しや消化の面から考えても効率的です。
 「クリームシチュー=小麦粉粥」理論を踏まえた上で、アーサー王伝説におけるキーアイテム「聖杯」について考えてみましょう。ファンタジー創作ではわりとモチーフとして採用されることが多く、「アーサー王」「円卓の騎士」「聖杯」等はその名前だけだとしても昨今のFateシリーズブームに乗っかりだいぶ広く認知された感じがあります。しかしではその「聖杯」とは一体どういうものなのでしょう。勿論諸説ありますが、一般に広く知られている説明としては「願望が叶う器」「幸せになる器」等と言われます。聖杯を見つけ出し手にした者が聖杯に願えばその望みが叶えられる、ということなのですが、ここで少し疑問に思いませんか? なぜ願望を叶える装置が「聖杯」である必要があるのか? 願望を叶えてくれるのであれば別に聖杯でなくとも、それこそエクスカリバーに代表されるような聖剣や、魔術師マーリンの魔法とかでもよかった筈です。ここに聖杯が「杯」の形でなくてはならなかった理由が潜んでいます。

ダグザの大釜って知ってるか?聖杯ってやつのオリジナルと俺は踏んでるんだが……どうだかな

出典元:『Fate/Grand Order』クー・フーリン(プロトタイプ)マイルーム台詞「聖杯について」

 上記はスマートフォン向けアプリゲーム『Fate/Grand Order』内で確認できる台詞*2です。この「ダグザの大釜」とはケルト神話に登場する「無限に粥が湧き出してくる器」のことです。出ました、粥。 要するに「ダグザの大釜」がありさえすれば食べ物に困らないということなのですが、物質の余剰が過ぎる現代と違い、餓死が身近にある時代においては、豊穣を願うことは切実な生への欲求のあらわれであるといえます。生きていることが当たり前ではないからこそ、生き繋ぐために食べること、食べ物の実りや恵みに神性をいだくのです。個人が個人として認められる現代においてこそ一人一人異なる価値観を持ち違う願望をいだくという考え方が一般的ですが、「ダグザの大釜」が信仰され得るような世界においては「お腹いっぱい食べられることが常に保障されている」ことこそが何よりの幸福であり夢だったのです。
 この「ダグザの大釜」から湧いてくる「粥」こそ、穀物」を水で煮てふやかし、でんぷん質の作用によりとろみのついた状態の食べ物*3を指します。え、それってほぼクリームシチューじゃん…?

 ちなみにアーサー王伝説以外にも「ダグザの大釜」をモデルとするお話は幾つかあるのですが、そのうちの一つにグリム童話『おいしいおかゆ』というものがあります。

 ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』をご存知であればイメージしていただけるかと思うのですが、粥が「溢れ出して止まらない」という状態は「バケツの水を汲む箒がいうことをきかず辺りを水浸しにしてしまう」といった内容が描かれているゲーテのバラッド『魔法使いの弟子』に影響を与えています。私自身がまだ読めていないので詳しいことは分からないのですが、イベスト「極光祈る犬使いのバラッド」ではアーサーがオズに師事していることを「魔法使いのお弟子さん」と表現されているそうですね…?該当ストーリー読み終わってまたこれに関連して何か書き足せるようなことが出てきたら追記したいと思います。

 せっかくなのでアーサー王伝説に関連したネタとして更にもう二つほどご紹介しておきます。
 アーサー王伝説は15世紀イギリスに起きたヨーク家(薔薇)とランカスター家(薔薇)の王位をめぐる権力闘争『薔薇戦争』において、ランカスター家の傍系とテューダー家の間に生まれたヘンリー7世によって自らの王位正当性を主張するために利用されました。彼はテューダー家がウェールズ君主の末裔であることから自らをウェールズを解放する使命のあるマーリンの予言の子であるとし、詩人たちに自分のことを「(白い竜からウェールズを救う)赤い竜*4」と謳わせました。「機知の遺跡」スポットサブエピソード「スポットの思い出(1)」では賢者(プレイヤー)の台詞に「ドラゴンってオズレベルなんですね……。」とあるようにオズと魔法生物ドラゴンは並列される存在のようです。へえ~~~。ふ~~~ん。そしてまたヘンリー7世は自らのみならず長男を「アーサー」と名付けたりもしたそうです。*5

 マーリンに限らずイギリス文学ではこの魔術師/魔法使いによる予言の子に何かしら特別な役割が与えられていたりすることが目立つのですが、まほやくにも穀物を溶かした液体*6」が好物の「予言の子」が、アーサーのほかにもう一人いますよね……。*7

 


終わり

*1:うろ覚えなので言ってなかったらごめんなさい。典拠確認しておきます。

*2:音声の再生のみで文字情報の確認ができないのですがネイティヴ日本語話者として聞き取れる範囲においては上記のように言っています。

*3:当時の主食、よって「食べ物一般」と解釈されます:「ごはん」が白米のみならず食事全般を指すことばであるのと同様ですね

*4:彼が用いた赤い竜の軍旗は「カドワラドルの赤い竜」として今もウェールズのシンボルになっており、ヘンリー7世自身の紋章にも赤い竜の図象が確認できます。

*5:夭折してしまうのでこのアーサーが「王」となることはなかったのですが……

*6:コーンスープのことですね。

*7:むしろ「予言の子」としては此方の方が確定していて要素が強いですね。アーサーは「とある者」と言われているだけに過ぎず文脈上アーサーでは?と予想されているに過ぎません。